死合わせにならなければならない者


6つのチカラと三ツの神器 ひとつのいのち 1.始 2.影 3.朝 4.襲 5.戦 6.白                    と き 神様と呼ばれるモノが死んだその日その瞬間。この世に生を受けた者がいた。 彼の名はセティ。 生まれながらに天命を授かりし神子である。 三剣ミツルギ それは、創造・維持・破壊           インショウコンユウレイキメイム 八玉ハチギョク それは、陰照魂幽霊祈命無 一鏡イッキョウ それは、総て。一故全故一 神々は何を求める(ちからか、とみか、それともえいよか) 世界は何を欲する(そのみをかけても、ひつようなものを) 神子は、何を願う(ただひたすらに、かれのせにとどけと) 不要なことなど何一つ無く、また何一つ起こらない 全ては必然の内。歯車が惹き合わせる運命 彼女がそうなったのも、彼がそうありつづけたのも 彼の者たちの行動も、すべて
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-invalid_words- 神と成る定めを受けし者:セティ 「あたしのなかの何かが……そう、言うんだ。其処に、行かなきゃ……って」 "少女"を守ると決意し者:狗塚 虎千 「傷つけさせない、泣かせない!俺は、全部、全部、守りきってやる!誰が何と言おうと、守るっつったら守るんだ!!」 何よりも疾く駆けし者:ヴィナタ 「いつでも何処でも!助けにいっちゃうんだからね」 空より総てを見通す者:アリア(※上から4番目) 「どんなものでも、私には見えちゃうんだから!」 歌えぬ音を聴き取る者:カイ 「何処で話そうが俺には全て聞こえるんだ、俺自身は好まないけどさ……」 過去世の想いを識る者:グラウ 「大切なのは過去より今だけどね……でも過去があるから今があるんだよ」 他人のこころを曝す者:ニーナ 「私はあなたを知る事が出来るけど、あなたは私を知る事は出来ないわよ」 視覚を司る者:真理-イデア- 「ああ、君。もうすぐ死ぬねぇ……うふふ、楽しみ」 聴覚を司る者:鳥夜 「お前が言ってる真意は分かる……嫌でもお前の心臓が教えてくれるんだよ」 嗅覚を司る者:阿久津 「はぁ、いい匂い……甘いものの匂い。やっぱさいこーだな」 触覚を司る者:日溜風霊阿 「……邪魔する者は……絶対、許さない……」 感覚を司る者:無空 「カミサマって、なんだろうねぃ?」














1.其れは始まり

-invalid_words- まだネオピアがネオピアと認知されていない頃…… 南方の大陸に、小さな村があった。 キムンと称するその村は、村といわれるだけあって自然の豊かさだけが取り柄の小さな集落であった。 当然村というからには住まう者が居り、外に姿を見せているのはたったの二人。 空に瞬く明かりがあるとはいえ夜も深い。他の者は既に寝入っている。 しかし外に出ている者は、その時間には不釣り合いであった。見るからに子供だからだ。 少年と少女。その二人は村から少し外れた丘に立つ。星が眩いばかりに煌めく。 今宵は新月だ。暗闇を仄かに映し出す白い影は今日は見えない。 「ほんとうに、ついて来るの?」 小さく。本当に小さく、少女は囁いた。夜更けであるということ以上に、伏せねばならない内容であるのか。 「もっちろん!俺は決めたし、イヤだっつっても付いてくからなっ!」 逆に少年は僅かに声は抑えてはいるものの、それでも普段とさして変わらない声量。力強くそう答えた。 痛いほどに静かな空間。その声で誰かが目覚めるのではと危惧もしたが、それよりも嬉しさという温もりが胸の中に満ちてくるのを感じた。 きゅっとお互いの手のひらを握りしめて、丘のむこうを見る。あまり分からないが、小さい崖の下に森が広がっているのだ。 目指す場所は、その森と、川と、山脈と、砂漠を越えたその向こうにある。 ケムの地。血の祭壇とも呼ばれるその場所へ。 其処がどんな場所であるか、その二人には知る由もない。 しかし、ただ「行かねばならない」という気持ちばかりが背を押すのだ。 今も。後ろから吹き抜ける夜風に混じって追い立てている。 「それじゃあ、」 「行こう、か」 どちらともなく声を発した。示し合せたような言葉に、笑みが零れる。 ひとしきりくすくすと笑い合った後、その手を握りしめあったまま、丘から村への道を行く。 何度も行き来したがゆえに折れた草の道が続く。すこし向こうにぼんやりと浮かび上がる黒の影。 木と藁、そして土を固めた家だ。此処の家々はそうやって造られている。 この家はあの人が、そこにはあの子…と住人の顔を思い浮かべながらそろそろと村の出口へと向かう。 何せ、もう暫くの間は顔を合わせることはないのだから名残惜しくないはずがない。 自分たちの家の前では立ち止まってお辞儀した。面と向かって言えない、ありがとうとごめんなさいを込めて。 それでも歩いていればどっちにしても見えてきてしまう。村の出入り口を区切る柵。 此処を越えたなら。もう、後戻りは出来ない。 そう考えれば、不安からか繋いだ手に力が入る。少年はそれに負けじと同じくらい強く握り返す。 少女の、少し強張った表情とは違って、少年は笑みを浮かべていた。何もかもを吹き飛ばしてしまえるような、笑みを。 その笑みの前では、少女の不安も小さなものだったらしい。少女も、漸く笑みを浮かべた。 柵と柵の間……出口の前へ進む。振り返ることも出来たが、しなかった。 一歩。大股でその見えない境を越える。越えた。後ろに道はない。後は、ひたすら前に進むだけだ。 繋いでいた手を放す。足を縛る鎖はもうない。歩いてゆける。 もう一歩、踏み出す。じゃり、と砂が鳴った。 後ろから風が吹く。木々の葉を揺らして背を押した。 押されるようにして、少女は駆けた。続いて、少年も。 二人の幼子は、不本意な運命と共に旅立つ。 空は暗い。まだ明けない。














2.其れは侵す者

-invalid_words- 「さて、君たちに集まってもらったのは他でもない……」 黒い靄から、機械を通したような声が響く。内容は真面目であるが些か誇張な表現が否めない。 崖を抉ったような洞の中。姿を認識出来るのは二人。 一人は男。もう一人は、中性的な顔立ちをしている。女、と表記しておこう。 皆が皆、黒の色を纏ってはいるが一様に受ける印象は全く違うものであった。 「出来れば早々に、要点だけ話して貰いたいんだけど?」 そんな前置きは長くなるから不要とばかりに声を上げたのは女。笑みを浮かべてはいるものの、それが本当に「笑み」なのかはわからない。 黒のローブを纏っている。一見気品に溢れた風貌ではあるが、本心を見せないという点であれば油断のならない人物なのだろう。 「いやいや、そーゆうのは雰囲気からやんのが一番でしょーよ。ヒトの気持ち汲んでくれたっていいじゃないさー」 それに対して反論するのは先程の真面目な風であった黒靄。不安定な姿と口振りがその本質を覆い隠しているように窺えなくも無い。 どちらにせよ読めないどころか全く不明であるのだから、垣間見えたとしてもそれが真実であるとも限らないのだが。 「君からも一言欲しいんだけど」 「フン…どう言おうがこいつは聴き入れやしないさ。ほっとけ」 返したのは会話相手として残った男性。黒髪に黒の中国服で固めている。 無表情、というよりは表情が固まった様な印象を受ける。先の二人と比べれば、まだ内面が汲み取れる相手だろう。 その言葉の内容は正しいもので、そうくるだろうと予測していた女にとっては変わり映えしないものであったが、 しかし諦めをつかせるには十分な代物であった。 「はぁ……全く遊び心を理解しないとは。で、時間がないから話すけど、神子が生まれた」 「……え?それは、本当?」 この生き物は構えを崩すのが好きらしい。手のひらを返したかのように勿体ぶっていた内容を話してくれた。 それは至極端的なものであり、また簡単な言葉の繋がりであったが意味するところは大きく、そして重い。 そのギャップに着いていけなかったのだろう。一瞬、言葉が止まる。 思考を整えるのに時間を要したが、それも実時間に直せば1秒にも満たないものである。 「疑ってんなら構わんよー?オイラが独り占めしてくるからさぁ」 「それはさせない……俺は信用する」 まるでそれをからかう様な軽口を淡々とした言葉が制する。壁に背を付け座っていたのを、手持ちの槍を支えにして立ち上がる。 「随分とやる気で……ま、この言葉も眉唾もの、か」 「おー?自ら進んでケガレ役とは嬉しいねぇ…ああ、そだ」 思い思いの言葉が返ってくる。うっかり後には引けなくなったと、男は槍をくるりと半回転させた。刃は地を掻くことなく止まる。 その間に、何かを思いついたらしい黒靄は、その一部を変容させる。まるで、獅子の頭部のようだ。 それが、息を吐くように口を窄める。そこから、同じような黒靄が現れた。 徐々に形を持っていき、次第にそれはスライムの様な質の不定形へと変わる。 一度それがぐにゃりと伸び縮みしたかと思えば、瞬く間に姿を取った。 獅子の頭部を持つ猛禽の鳥。アンズーと言えば伝わるだろう、その姿であった。 金の鬣に、黒の毛皮。瞳は紅で、翼は少々緑がかっている。 「そいつ、付けてやるよ。おいらはズーの目使って見てるし、暇なら口出しもしてやる」 「……余計なお世話だな」 あっさりと切り捨てて洞から出て行く。その後に続くように、アンズー…ズーが付いて行く。 「まあ、待て待て」 それを引き留める声。もはやそれは靄ではなく完全に獅子の姿を取っていた。のそり、と足が地を踏む。ゆらりと尾が揺れた。 百獣の王と呼ばれるものを模しただけのことはある。ある種の威圧にぐ、と男は足を止めて振り返る。ズーは男の肩元で羽ばたいていた。 「じゃ、宜しく頼んだよ?鳥夜」 声音は、軽い。しかし、何かがそれを別の意を含んだものへと変えていた。未知か、恐れか。得体のしれない、何かが。 男、鳥夜は何も言わなかった。言えなかったのかも知れない。しかしそれはさした問題でもない。 足音と、羽ばたく音が遠ざかって行く。獅子は暇そうにのそのそと洞へと帰って行った。 女は、一人、佇んだままだった。














3.其れは出遭い

-invalid_words- 朝靄の漂う森の中、何時の間にか眠ってしまったらしい。葉に付いた朝露が瞼に落ちて目を開く。 意識がはっきりとしない。朝靄で翳る以上に眼前が靄がかっていた。 両手でゴシゴシと両目を擦ってもう一度。瞬き。もう一度。今度は見える。手が土に汚れていた。 土に手を置いて起き上がる。空が赤らみを帯びていた。木々に光が当たって、漸く朝なのだと認識する。 そういえば此処まで共に来た筈の少年の姿が見当たらない……よくよく見て、漸く自分の傍らに居ることに気付いたのだが。 体を丸めて眠るその姿を認めて安堵する。どうやら熟睡しているらしい。起こすのは気が引けたが、そうもいかない。 肩を揺らしてみる。起きない。頬をぺちぺちと叩いてみた。土が付いた。でも、起きない。 真夜の、動きなれない森の中を行くのはやはり負担が大きかったのだろう。当然だ。 不意に、空腹からか、小さく虫が訴えてきた。体力が無くては旅もままならない。村を出てからの間、何も食べていないのだから。 幸いにも森という場所は食料が溢れている。その内、果物の類は殆どといっても良いほど安全でもある。 そんなものが見つかるかどうかは定かでないが、今ここで起こしてしまうよりは良いだろう。 払う手ですら汚れている為簡単にではあるが服の汚れを落として立ち上がり、振り返り振り返りしながらもその場を後にした。 草根を掻き分けて先へと進む。陽の光とは偉大なもので、先の時間であれば何度も躓き転んだであろうが、そんなことも無く歩を進めていく。 雫が当たって足に伝い落ちていく。熱を持った今の身には心地よかった。 しかし、暫く…30分ほどであろうか。それほど経った頃に異変を感じる。生き物の気配がしないのだ。 森を駆ける者も、空を舞う者も、何一つ。風音が鳴るばかりで、異様な程の静けさを保っていた。 ガァン… 静寂を打ち破る銃撃の音。そう遠くはない。否、寧ろ、近いくらいだ。 危険を顧みずに其方へと向かう。駆けた。 開けた草の向こうの人影を目に留めた。その瞬間、いや、それよりも先に、木の葉を弾き、枝を折りながら弾丸が迫る。 避けられない。思わず眼を閉じた。 衝撃も、痛みも、何も襲ってこない。恐る恐る、眼を開く。 弾丸は、足元に勢いを無くして転がっていた。銃を持った人影が此方に向かってくる。……女の人だ。 「あら、まだ子供じゃないの」 その人は、不思議そうに首を傾げた。しかし、銃を構える手は下ろさない。警戒の色が伝わってくる。 「あの……たべもの、ありませんか?」 おずおず、といった表現そのままな声を上げる。謝罪を乞うも無く、誰何を問うも無く。 今の少女にとって必要であるのは食料の確保と、彼が目覚めるまでに先程の場所まで戻ること。それだけであったから。 転じて女は言葉と雰囲気で、敵意はないと判断したか、銃を下ろす…と銃口に土が付くのか、胸で抱えることにした。 「いいわよ。分けてあげる。少し、待ってて頂戴」 返事にぱぁ、と表情輝かせたのを見てかくすりと笑んで、木の根元に置かれた荷物らしきものの所へと戻る。 布の袋を解いて、中から幾つかの食糧を取り出し、また戻って来た。 量は、りんご2つとみかん3つ、といったところか。実際に名指しした果物ではないが、質量的に近いだろう。 差し出されたそれを両手で抱え込んで受け取り、首ばかりを倒して礼を表す。 不意に、女が口を開いた。 「どうしてこんなところに来たのか、理由は訊かないで置くわ…早く行きなさい」 少女はその意図を理解できなかったのか小首を傾げるが、後ろの言葉に反応してそそくさとその場を立ち去った。 その後ろ姿を見つめて一つ、溜め息。栗色の髪を掻きあげて、心中に浮かび上がる雑念を振り払おうと、頭を振った。 視線を戻せば少女はもう見えない。治まって行くざわめきに、もう一つ溜め息を吐いた。 はあはあと、息を切らしながらも笑みを浮かべて走って行く。両手にいっぱいの果実。二人で食べたら、さぞかし美味しいだろう。 胸を膨らませてひた走る。多分、もう少しだ。何となくわかる。まだ、起きていないと良い。驚かすためにやったのだから。 驚いた顔と、それから喜んでくれる顔。どちらも自然と浮かんできて、顔をより綻ばせることとなった。 もう少し、もう少し。……見えた! 大きな茂みを越えて、少し息を整える。ちょっと離れてはいるが、未だに背を丸めているところをみると、まだ眠っているらしい。 少し、歩を進めてみる。ちょうど木に隠れて見えなかったが、もう一人居るらしい。 驚きの余りに、一歩後ずさる。落ちた小枝を踏んで、パキリと鳴った。 六つの瞳が、此方を見る。一つは木の上。一つは木の傍。一つは…














4.其れは鳥と影

-invalid_words- 「あっ…キミ、……!」 上半身を起こすのもやっと、といった風で振り向いた木の側の瞳が言葉を発した。 それは何に驚いたのか瞳を丸くするが、少女が瞳を丸くすることになったのは、その額から伝い落ちる血であった。 慌てて駆け寄りその姿を間近で認識すれば、自分より幾分大きいとはいえ少女というに相応しい見かけで、 額以外からも血を流し、服も土と傷でボロボロであった。だが少女が安否を問うよりも先に瞳が力を失い崩れ落ちる。 キュっと心臓が縮こまるが、まだ死んではいない。ただ、力尽きただけだと判る。安堵は出来ないが。 急きつつも冷静を装って祈るように胸に手を組み目を伏せる。 すると、手の内よりふわりと温かな光が灯り、開けば小さな勾玉があった。 それを傷のある額に置こうとする。しかし、それを遮るように木の上の瞳が啼き叫んだ。 あまりに唐突で身構えも無く、思わず肩が竦んだ。 声のした方を振り向けば異形の鳥が此方を見ていた。見つめていた。その動きを許さないかのように。 次いで最後に此方を向いた瞳。木よりも遠い位置に佇む男の姿を見る。 否、此方に歩み寄って来たから気付けたのであって、其の存在に気付けてすらいなかった。 男は獲物であろう、槍を構える。それ合わせて異形の鳥も翼を広げた。 少女は、立ち上がり、彼らに向き直る。 握り締めた手のひらから、勾玉が落ちた。 それは地に臥す少女の手のひらへと落ち弾けて溶ける。葉の朝露のように。 腰に吊した一対の輪に手をかける。手が震えた。恐怖と焦燥。絶望と覚悟。 生まれて…産まれて来たときから知っていたのだ。恐らく、こうなるだろうことは。 そして、此処で終(つい)える訳には行かないということも。 まず、獅子の面した鳥が、嗄れた烏のような啼き声をあげる。 木の枝から飛び上がり、羽ばたき、翼を畳んで飛び込んで来る。広げた口の、涎に濡れた牙がぬらりと光った。 それを避けようと、頭を庇ってしゃがみこむ。 鳥はそのまま背後へ飛び過ぎたが、それを見逃さず男が距離を詰める。 避けるのは無理と踏んだか、腹へと向けて重い一撃を繰り出す。寸分の狂いもない。 を屈めた状態で取れる行動はそう多くはない。少女は男の右側に受け身を取りつつ転がった。 靡く服の端を掠めるものの、身を傷付けることはなかった。 少女はしゃがんだまま男の動きを窺っている。殆ど、体の反応のままに動いているのだ。 思考の一片もない。故に、無闇と飛び込むこともしなかった。 男はそれを避けられた事に驚きから眉を僅かに上げるが、すぐさま攻撃の態勢に移り二撃目は外すまいと手のひらを返して横薙ぎに払う。 その攻撃を、今度は両の輪で受け止める。しかし力量の差から、内片方が飛ばされてしまう。 それは地に落ちる事無く、獅子鳥が刃に触れないように脚で捕らえた。 「あっ!」 叫んで僅かに其方を見る。目の前の男はそれを許すほど温い相手ではないと言うのに。 そして、その大きすぎる隙を逃さぬ筈もなく槍を振り切った動きを使って足払いを掛ける。 少女が意識を戻す頃には既に足を取られて地面へと転げていた。 避わすべき身もなく、防ぐべき武器も無く、最早、手だてなど残されてはいない。 首に刃が当たる。死を連想させる冷たさだ。つ…と冷たいものが背を伝う。 男…鳥夜は黒い瞳で目の前の少女を見つめた。そして、死を向かわせるべく、槍持つ手に力を込める。 僅かに振りかぶってから動脈に当てる様に皮膚を裂く。 ……裂いた、筈であった。 しかし刃は傷つける所か触れてすらいない。まるで、何かの力で押し止められているような。 力……それに思い当たり、視線を右背後に向ける。 刹那。風が疾った。次に草と土とが舞い上がる。それより遅れて、影が続いた。 実像は既になく、まさに、神速。 漸く捉えた姿は、鳥を踏みつけて輪を奪い取っていたところだった。 どさりと巨体を地に落とす。後から一回転して実像が姿を見せる。 先程、伸した背の低い少女。それが、先程の立ち位置とはまるで逆のように、立ち塞がった。 ギィ…と不服そうに獅子鳥が啼く。座り込んだままの少女の身が、仄かに光った…ような気がした。 立ち塞がる少女が構えを取る。輪はまだ持たれたままだ。男もそれに合わせて構える。ぶつかるつもりだ。 一瞬目を閉じたかと思えば、瞬く間に駆けだした。先の神速ではないものの、追えるものは光と音程度のものであろう速さだ。 男も、走り出し飛び込むつもりで一歩踏み出した。目星を付けて槍を振るう。手ごたえは、無い。 少女は跳び上がり、蹴りを放つ。首尾よく、それは顔面へと打ち込まれて男はよろけた。 それをただ呆然と見つめる座り込んだままの少女。何か思考をしてみても、結んだ糸は緩んで解けていく。 ゆえに置かれた立場も立ち上がることも、頭から抜け落ちていた。戦うべき相手が、男だけではなかったことを。 体勢を立て直した獅子鳥が、身を震わせた。高揚の表れ。血肉を求める様に紅い瞳が光を返す。 獅子面が、動いた。風が渦巻く。目に収められる程の圧を身に纏って弾丸と化したそれは、かくして放たれた。 少女は、まだ、気付かない。














5.其れは狙い

-invalid_words- バァン!突如、焦げる臭いと黒煙と共に爆音が鳴り響いた。 その音で神子たる少女が正気に返り、毒牙を向けた鳥が墜ちる。 眼前の相手に集中する鳥夜は、確かに見た。 対する少女の口元が、弧を描いて笑んだのを。 流れる様な槍の連撃を紙一重の動きでかわしていく。 まるで其処ばかりが何か一線を越えた夢想でのことの様である。 対して鳥と神子は。……恐らく双方共に必死なのであろう。 鷹が獲物を見定める様に神子の頭上に輪を描き、神子はそれを落とそうと輪を投げては掴み取っていた。 「何時、仕掛けた?」 「さっき。あの子に輪っかを返した時」 「……そうか」 男と少女の短い会話は先の爆音のこと。 何をしたかそれとなく解りはしたが、しかしそれだけであった。 訊ねて答えが返るとは思わなかったが、過ぎたことだ。知っても空白を埋めることにしかならない。 神速の少女は獅子鳥から輪を取り返し、少女に受け渡した時に、既に種を仕掛けてあったのだ。 呪術と呼ばれる、奇術の一種。 それは導線に火を付けた爆弾の如く、鳥の接近によって爆ぜたのであった。 そのやり取りの合間にも、命の殺り捕りは止まらない。生と死の刹那。 ただ身を切られる様な鋭さだけが、その場を支配していた。 ……だがその鋭さが、突如として形を変える。 ちょうど、少女が鳥と神子に背を向ける形になった時、戯れるようであった鳥が牙を向けたのだ。 思わぬ所からの攻撃。奇襲に近いそれを跳び上がって避けた。 しかし着地はならなかった。彼の槍に足を取られて体勢を崩したのだ。 脚払いでも掛けたようなその挙動に歯噛みするも、それどころではない事に気付く。 男の狙いは護る少女ではない。護られるべき少女なのだと。 現に、転げた少女を無視して、鳥夜は神子へと槍を向けていたのだから。 少女は慌てて身を起こす。それより先に黒い影が衝撃を与えた。 「っ、行かせない……って?」 片腕を垂らしそれを抱くような格好で痛みに眉をしかめながら訊ねた語に、言葉を成さない口が開いてギャギャ!と嗤った。 少女はその場から駆けだした。獅子の牙も鷹の爪も、届かなければ意味がないからだ。 しかし、神速である筈の少女に次なる衝撃が襲い来る! 「ぐあっ…!?」 何故、という声が潰れて空気に吐き出されたまま溶けた。 その姿は捉えきれない。風を切る音は響けども、瞳に姿は映らない。 例え神速の持ち主とはいえ、見えぬものを感知することも見越して避けることも出来ない。 その脚が使えなければ、ただ鳥の一つも止められぬ、無力なヒトであった。 しかしこのままへばる訳には行かない。 意識と無意識の狭間であの男から少女を護らねばと声がする。それは自分の意志ではないが、しかし自分の意思だった。 その間にも襲い来る衝撃は、確実に傷と痛みを増やしていったが、首の飛ぶ必殺性も腹の貫かれる峻烈な痛みもない。 立ち上がる。そして走った。 神子と男に背を向けて。 余りの不意か、鳥は宙に留まった。 追うべきか戻るべきか、僅かな逡巡。 その隙は隠された姿を現すに至る。 眼前に、脚。 認知する間も無く、神速の蹴りが決まった。 地に落ちる間際、爆発。 視線をちらと動かした。鳥の死骸を見ることもなく、神子と男を前に定めて。 また、駆けた。














6.其れは覚醒め

-invalid_words- それは一方的なものであった。 例えば業火が木屑を焼く様な、濁流が涙を呑み込む様な。 それは辛うじてと言えていた。 熱で舞い上がった粉の様に、地に吸われて流されなかった雫の様に。 端的に言えば男、鳥夜が少女、神子をなぶり殺していた。 否、まだ殺されてはいない。しかし、何時殺されるか判らない。そんな状況である。 火の粉に燃え尽き、大地ごと削り取る波の様に。 男の槍は少女の皮膚を幾度も掠り血を流し、服も先の少女と同じかそれ以上にボロボロであった。 疲弊も濃い。息などとうの昔に切れている。何故立てているのかも不思議な位だ。 対する男は、些か焦りが見える。 神子に此処まで手こずるとは思っていなかったのか、やり取りの長さに従い奥歯を噛むのが強くなっている。 しかし、遂に神子の体勢が崩れた。 最後の一撃に全霊を込めて打ち出す。 肉を貫く感触と、遅れて赤い血が迸る。 衝撃ともいえるその状況に、神速の少女は思わず脚を止めた。 鳥の目が、きらりと光を反射する。 神子は、目の前で起こった出来事を理解出来ていないようだった。 男が貫く槍の先。其処にいたのは神子ではなく。 先程まで眠っていた筈の少年だったのだ。 「……ちっ」 仕留めた。そう思ったのに。思いが口をつき舌打ちになった。何でもない物を相手にする様に貫いた槍を抜き去り血を払う。 其の間際、少年は少女に笑んだ。そして、崩れ落ちた。血が、草を赤く染める。 その時、何かを繋ぎ止めていた糸がぷつりと切れた。 赤子が泣き喚く。訳の分からない言葉、叫び。それは内に眠るチカラを引き出した。 溢れ出る力の奔流。眩いばかりの白の光は辺りを覆い尽くしていく。 鳥が、前に出た。男の前に。 男も少女も動かない。動けない。 少年の屍は沈黙を保ったままだ。 チカラが、解き放たれた。 誰彼を問わず、全てに降り注ぐ。 風を起こし、巻き上げる。それを白が塗りつぶす。 森を揺らす、葉が落ちる。それを白が埋め尽くす。 それは神は神でも死神だ。否、これでこそ神であるのかもしれない。 ヒトにとっての幸も禍災も、神にとっては取るに足らない。 ただ、生きようとするままに生き、死する定めに則り、死ぬ。 唯、それだけのこと。そう…… 「遂に"神"が覚醒めた!アハハハハハ!!」 例えば、この滅び逝く狂気の塊。 動かぬものの最中、不釣り合いな狂気の声。 鳥だ。鳥が啼いたのだ。 男を爪で掻き飛ばし、我先にとばかりに光の中へ飛び込んで往く。 声が、光に吸い込まれて行った。 「死の祈り!狂気の歌声ぞ!あと、あとは器こそ……!」 消える。消える。 全ては白に。 濁りも穢れも、しかし純ですらないただの白に。 神子も少女も男も屍も。飲み込まれて行く……



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